これも私がまだ20代の中ごろの話です。
恐らくは身を切られるような自身の修羅をくぐり抜けて、それらを小説に昇華させ確固たる作家の地位を築いた瀬戸内晴美(寂聴)先生にエッセイの担当編集者の一人として原稿をいただくために何度かお会いするの機会がありました。確か小石川にあるマンションの階段を上った2階に先生の仕事場があって、いつでも優しい笑顔で上機嫌で迎えて下さって「あなたは若いんだから私の本を読んで勉強しなさい」と、出来立ての本のサイン本をいただきました。生々しい男女の愛憎を書いた小説に、当時は先生の作品に批判的な文芸評論家もいましたが、私にとっては大感激で、今では家宝とも言えます。
上梓されたエッセイは「ひとりでも生きられる」というタイトルで青春出版社から出版され数十万部というベストセラーとなり、大評判になりました。
私はその時頂いた本の前書きに、何とも言えない衝撃を受けて今でも忘れられない言葉があります。それは「より多く傷ついた魂にこそ至福あれ」と書いてありました。作家としての感性の研ぎ澄まされたこの言葉を読んで、私は編集者という仕事は、誰より一番最初の読者として作品に接することだと喜びにしばし浸ったのです。今では月一回の朝日新聞の連載を楽しみにしている毎日です。