「ホスピス病棟に生きる」 という本を今の私の会社(文化創作出版)で出した時の話。著者の今井淑子先生は当時東京女子医大の看看短大の講師でした。末期にある患者の最期の日々と向き合い、寄り添うという仕事、ホスピスを通して得た人間模様を書いた貴重な本でした。(1997年刊、絶版)
この本の出版記念会の時、思いもかけないことが起こったのです「新樹の会」という乳ガン患者の会の代表幹事をされていた今井先生に、会長の俵萠子さんです。と俵萠子先生を紹介されたのです。紹介されるまでもなく私は青春出版時代に彼女の「彼と向かい合って生きる方法」という本を編集、出版していたのです。偶然にも久しぶりの再会に話も弾んで「私は今、赤城の山の中で陶器焼いているのよ。一度是非、遊びにいらっしゃい。美味しい上等のお酒もたっぷりあるから」「陶芸家になられたのですか」「そうよ、作品を展示して皆さんに見てもらっているのよ」私がお酒好きだと知ってのお誘いでした。とうとう赤城に行けなかったのですが、評論家として大活躍されただけでなく、政治にも大きな関心があり、東京都知事選挙にも立候補されたことがあって、確か六本木で選挙対策事務所を華々しく開きました。私はバラの花束を持って激励に行きました。
真ん中上部にポスターが飾られ、その中央に映画監督の大島渚さん(対策本部長?)が座っていました。
私は今もそうですが、思ったことをすぐ口に出してしまう癖があって、「先生、この写真は若くて綺麗で女優、、ちょっとギャップが、、」と言いかけて慌てて口を覆ったのですが、大島さんが聞いていて「君ははっきりものを言う。気にいった。」と言って助け船を出してくれました。そんな事もあったのです。