文化創作出版からのお知らせ

文化創作出版 代表、官足法究楽部 会長の行本昌弘が、書籍や官足法のことについてお話しします。

【セミナー予定】
9月24日(金)官足法兵庫一般セミナー開催します
9月29日(水)官足法名古屋一般セミナー開催します
9月30日(木)官足法大阪一般セミナー開催します
10月27日(水)官足法名古屋一般セミナー開催します
10月28日(木)官足法大阪一般セミナー開催します
10月29日(金)官足法兵庫一般セミナー開催します
11月13日(土)官足法東京一般セミナー開催します
11月24日(水)官足法名古屋一般セミナー開催します
11月25日(木)官足法大阪一般セミナー開催します
11月26日(金)官足法兵庫一般セミナー開催します
12月16日(木)官足法大阪一般セミナー開催します
12月17日(金)官足法兵庫一般セミナー開催します
12月22日(水)官足法名古屋一般セミナー開催します
詳しくはこちらから >> https://kansokuhou.net/class/

2021年08月

この度登場するのは鶴田光敏先生です。この方とはほぼ毎月末水曜日の名古屋官足法セミナー後にお目にかかって30年近くになります。私(文化創作出版)のところから何冊も出版されています。お付き合いも長いのでその間の特筆すべきエピソードも多くありますのでおいおいにお話します。
さて、その第1彈は司馬遼太郎さんです。
「龍馬がいく」「坂ノ上の雲」「梟の城」等々数多くの歴史小説の名作や 紀行文の傑作「街道をゆく」等々説明の要らない戦後を代表する大作家です。1996年2月に大動脈瘤破裂で亡くなりました。その時輸血のため大阪の病院まで駆けつけたのが鶴田光敏先生です。司馬遼太郎さんが最後まで主治医として信頼してお付き合いをされた鶴田先生は、大の文学好きの、人付き合いの達人ともいえる人で、作家のみならず多くの著名人と親しくお付き合いされてきました。
この司馬遼太郎さんとも新潮社の編集長に紹介されて お目にかかることになります。
医者嫌い、病院嫌いの司馬さんは鶴田先生にに開口一番こう聞きました「先生、あなたの病院ははやっていますか?」「ええ、お陰さまで。私は治すのが下手なもんで患者さんがいつまでも来られるし、その上に新しい患者さんが見えるもんで何時も繁盛です」と答えて、とても気に入られ、それ以来親しいお付き合いが始まるのです。絶筆となった「街道をゆく」第43巻(朝日新聞出版)に鶴田先生が出てきます。その抜粋を以下に紹介させていただきます。
『桶狭間までの行路は、マイクロバスをつかった。すでにこの上ない案内人を得ている。
鶴田光敏氏である。この人は一九五四年十二月十七日うまれで、すでに四十一ながら、色白で少年のように若々しい。私はこの人の人柄については、熟知しているつもりでいる。慈悲ぶかいという高度のことばをつかっていいほどに心優しくそれに親切がいつも行動になっている。さらには物事への理解力が的確なのである。』
最後まで無駄のない言葉使いで読む者を文章の虜にしてしまう司馬文学。私も大好きでした。亡くなったのは鶴田先生に合わせていただく約束の日の一週間前でした。



文化創作出版の最大のベストセラーは「足の汚れが万病の原因だった」という本で、今年(2021年)8月6日で35年周年を迎えます。8月現在、105刷という重版を重ね35年の間支持され広がり続けて200万部を越えるロングベストセラーとなっています。官先生の足の健康法の頭取りをして「官足法」というこの健康法は、ウォークマットⅡ、官足法赤棒などのグッズが通信販売でひとり歩きをするほど売れて昨今大評判になっています。私が立ち会ったこれらのグッズの誕生秘話もあるので別の機会にお話します。
著者の官有謀先生は台湾人。占領下にあった台湾で日本兵として徴用され、終戦を日本で迎えます。その時肺浸潤という結核関連の病気に悩んでおられ、何とか健康になって再び日本に行きたい、と考えて西洋医学、漢方などあれこれ 悪戦苦闘の末辿り着いたのが、自らが創始者となった官足法だったのです。学校教師を続ける一方、独学で習得したバイオリンの先生としても台湾では有名で、音楽教師を指導する講演会を台湾中で続ける傍ら台北にある自宅の地下室には何十人も入れるバイオリン教室を開いておられました。その間も約30年間自らの足を揉み続けて片肺飛行ながらすっかり元気になった官先生は自らの健康法を普及指導するために教師も辞し、バイオリン教室も止めて再来日されたのです。健康器具販売の会社の社長と社員を伴って私の会社に現れた官先生は自信満々で開口一番私に「僕の本を出すか出さないか今日中に決めて下さい。出すなら30万部印刷して下さい。僕の本はストップが効きまませんから」私はさすがに唖然として、白髪三千畳の国の人は大言壮語して度肝を抜こうというのか、と思いながら返事もしないでいると、「靴下を脱いで」「百聞は一見に如かず」と言って私の足を揉み出されます。それまで体験したことの無い痛みに 「もう、わ分かりました」「まだ、分かっていません」と、何度か繰り返しながら反射区(臓器)の説明と病気の原因など驚くほどの知識を披露されたのです。3時間ほどの間に私の身体が驚くほど軽快になり、経験したことの無い爽快感を覚えたのです。その時私は、直ぐには出版出来ないこと、30万部を刷ることも無理だということを伝えて、出版の約束をしたのです。
さて、出版を契機に本が思わぬ大反響を巻き起こし、テレビ出演を始め、私も全国を先生と講演会で飛び回る日々が始まりました。先生が亡くなってからはいつの間にか私自身が官足法の先生となって数え切れないほど多くの方々に官足法を伝えて今日に至ります。官先生と「この本と棒を日本中の人が薬箱の中身を捨てて代わりに置いてくれるまで頑張ろう」と約束して、もう35年になるのかと感慨もひとしおです。

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